京都議定書の発効と第2約束期間の交渉

 運用ルールが合意されたことにより、京都議定書は批准可能な状態*3になり、2002年に南アフリカで開催された国連の環境会議*4までの発効を目指すことになりましたが、ロシアがなかなか批准せず、2005年2月に、合意から7年を経て、京都議定書はようやく発効しました。
 2005年11月、カナダのモントリオールで、COP11とともに、京都議定書の第1回締約国会合(CMP1)が開催されました。
 COP11の課題の第1は、マラケシュ合意を採択して京都議定書を始動させることでした。また、議定書3条9項は、第1約束期間終了の少なくとも7年前には、2013年以降の先進国の削減目標(第2約束期間)について議論を開始しなければならないと定めていたことから、7年前にあたる2005年のCOP11で、第2約束期間の先進国の削減目標についての交渉を開始することになりました。2013年以降の削減目標の交渉では、議定書を批准していない米国をどのように議論に巻き込むか、また削減義務を課されることに強い警戒心を抱いている途上国の参加にどのように道筋をつけていくかということが最大の課題でした。COP11は、京都議定書に参加する先進国の第2約束期間の削減義務について交渉する特別作業部会(AWGKP)を設置するとともに、アメリカや主要な途上国の削減については、条約のもとで「長期的な協同行動の対話」を進めることになりました。

*3 条約などを批准するためには、条約を実施する法律などを国内的に準備する必要があり、そのためには京都議定書の運用ルールの決定が必要でした。
*4 2002年8月末から南アフリカのヨハネスブルグで開催された「持続可能な開発に関する世界首脳会議(ヨハネスブルグ・サミット)」のこと。1992年のブラジルのリオデジャネイロでの「環境開発会議」の10年後に開催されたことから、「リオ+ 10」とも言われます。
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