COP3での交渉の論点と合意内容

COP3は1997年12月1日から国立京都国際会館で始まりましたが、合意できるかどうかの見通しはまったくたっていませんでした。COP3の初日に日本のNGOのネットワークである気候フォーラムのブースを訪れた当時の小渕外務大臣に、COP3の見通しを聞いたところ、「五里霧中です」と答えられたことを覚えています。
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COP3での交渉の論点と合意内容は以下のとおりです。

対象ガス
どのような温暖化ガスを対象とするかについては、計測が確実なCO2、メタン、一酸化二窒素(N2O)の3つのガスを主張するEUや日本と、フロン類の3ガス*4も含めるべきとするアメリカなどが対立しました。最終的にアメリカなどが主張した6つの温暖化ガスを対象とし、それぞれのガスについて目標を定めるのではなく、6つのガスを炭素換算してまとめて削減対象とすることになりました(バスケット方式)。
*4 ハイドロフルオロカーボン、パーフルオロカーボン、六フッ化硫黄

森林などの吸収源の取り扱い
目標の達成に森林などの吸収源の増減を含めるかどうかも大きな交渉テーマでした。島しょ国連合や日本は森林などの吸収量は不確実性が大きいとして、吸収源を含めるべきではと主張しましたが、オーストラリアやニュージーランドなど多くの国は、排出量から吸収量を引いた純排出量を主張しました。各国とも自国にもっとも有利になる方法を主張しましたが、最終的に不確実性が低いと考えられた「1990年以降の植林、再植林、森林減少」に限定して算入することになりました。この吸収源の取り扱いについては、基準年の排出量については発生源からの排出量のみとされ、吸収源による吸収量は含まれておらず、目標年の排出量については吸収源による吸収量を含むという方式(グロスネット・アプローチ)がとられています。

基準年と目標年
基準年については、1990年当時は経済が崩壊状態で排出量が少ないという東欧諸国を除いて1990年とすることで概ね一致していましたが、目標年については2005年、2010年という特定の年を基準年にすべきとするEUに対し、日本やアメリカは5年平均を主張しました。最終的に2008年から2012年の5年間平均を目標年とすることになりました。5年平均とする理由は、単年ではその年の気候や経済状態で排出量が変わってしまうからだと説明されています。

削減目標
もっとも揉めたのは各国ごとの削減目標です。そもそもCOP3で各国が提案していた目標数値は、対象ガスや吸収源の扱いが異なっていたため、対象ガスや吸収源の扱いが決まるまで数値目標の交渉に入れませんでした。数値目標の交渉に入っても、EUとアメリカ、日本などの対立が続きました。途中でCOP3の全体会合のエストラーダ議長が、EU8%、アメリカ5%、日本4.5%の削減数値案を示す場面もありました。しかし、EUがアメリカ5%に異議をとなえ、最終的にEU8%、アメリカ7%、日本6%、先進国全体で5.2%削減で決着しました。附属書Ⅰ国の削減目標は下図のとおりです。

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