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№87 (MAR.2015)

COP20の成果と課題
冬は暖かく!夏は涼しく!!手軽で快適な暮らし方と住まい
エネルギーを市民が創る時代 自然エネルギー学校・せんしゅう

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COP21と人類の未来

今年11月末からフランスのパリで開催されるCOP21で、先進国だけでなく途上国も含めたすべての国が参加する、2020年以降の新たな枠組みが合意されることになっています。この合意は、今年2015年末までに合意を目指すことになっていることから「2015年合意」と言われます。

IPCC第5次評価報告書は、平均気温の上昇が2℃を超え4℃まで達する場合、気候変動の影響に対する対処(適応)の限界を超えてしまうとし、現在の温室効果ガス排出量のままで推移しても、あと30年足らずで2℃を超える可能性があるとしています。そして、2030年まで緩和(削減)の取り組みを遅延させると、2℃未満に抑制することが困難になると警告しています。2020年以降の削減目標を決める「2015年合意」は、人類の健全な生存にとって、決定的に重要な合意となります。

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気候変動の科学

今から約180年前、フランスの数学者フーリエは、太陽から地球に届くエネルギーから地球の平均気温を検討し、実際の気温よりも低いことを発見し、地球から放出される赤外線が宇宙に逃げて行くときにそれを妨害する何かのメカニズムがあるのではないかと考えました。これが「温室効果」を理論的に予測した最初のものです。

1865年、アイルランドの物理学者のチンダルが、フーリエが提唱した温室効果を実験的に確かめ、二酸化炭素(CO2)、メタン(CH4)、水蒸気(H2O)には温室効果があることを発見しました。

1896年、スウェーデンの物理化学者アレニウスは、石炭などの消費によってCO2排出が増え、それによって気温上昇が引き起こされるとし、もしCO2量が2倍になった場合、5~6℃の気温上昇が起こると予測しました。

実際に大気中のCO2濃度の観測が始まったのは1958年です。アメリカの化学者キーリングはハワイ島の4150mのマウナロア山頂でCO2濃度の測定を行い、この観測結果から大気中のCO2濃度が季節的な周期変動すること、また年々増加していることを初めて明らかにしました。このグラフはキーリング曲線を言われます(下図)。

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条約交渉の開始まで

気候変動問題に対処するため国際的な取り組みが開始されたのは、1980年代の後半です。1985年にオーストリアのフィラハで「気候変動に関する科学的知見整理のための国際会議」が開催され、この会議では「21世紀半ばには人類が経験したことのない規模で気温が上昇する」との見解が発表されています。1986年には世界気象機関(WMO)、国連環境計画(UNEP)と国際科学者評議会(ICSU)が、「温室効果ガスに関する助言グループ(AGGG)」を発足させています。1998年6月にはカナダのトロントに40数カ国の科学者、政策決定者、NGOなどが集まって「変化する地球大気に関する国際会議」が開催されました、このトロント会議は、G7サミットの後に開催されたこともあり、多くのマスコミ関係者も参加し、メデイアにも気候変動に関する認識が広まりました。このトロント会議では、地球全体の目標として、「CO2排出量を2005年までに1988年レベルから20%削減し、長期の目標としては世界全体で50%削減が必要」という、「トロント目標」と呼ばれる勧告が出されています。同じころ、アメリカの上院の公聴会で航空宇宙局(NASA)のジェームス・ハンセン博士が、「1980年代の暖かい気候はたまたまではなく、気候変動と関係していることは99%の確率で正しい」と証言し、大きな注目を集めました。

1988年秋には、気候変動問題についてのデータや知見を集め、これを評価するIPCCが設立されました。

1989年11月にはオランダのノルトヴェイクで、約70ヵ国の大臣が集まる閣僚級レベルの会議が開催され、「削減目標を設定すべき」と主張するオランダやスウェーデンと、これに反対するアメリカ、一律削減に反対する日本などが対立し、最終的に「温室効果ガスを安定化させる必要性を認識する」との宣言が採択されています。

同年12月に開催された国連総会は、1972年にストックホルムで開催された「国連人間環境会議」の20年目にあたる92年に、「環境と開発に関する国連会議(地球サミット)」をリオ・デ・ジャネイロで開催することを決議しました。決議は以下のように述べています。

「環境はますます悪化し、地球の生命維持システムが極度に破壊されつつある。このままいけば、地球の生態学的なバランスが崩れ、その生命をささえる特質が失われて生態学的なカタストロフィー(破局)が到来するだろう。私たちは、この事態を深く憂慮し、地球のこのバランスを守るには、断固たる、そして緊急の全地球的な行動が不可欠である。」

 地球サミットに向けて、気候変動(気候変動)問題、生物多様性の保全問題そして森林問題についての3つの条約を策定すべく交渉が開始されました。しかし、先進工業国と途上国の対立から森林問題についての条約を作成することは断念され、気候変動問題と生物多様性の保全についての条約交渉が進められることになりました。

1990年8月、IPCCは第1次評価報告書を発表し、温室効果ガス濃度の上昇が人間活動によること、対策をとらないと今後100年で平均気温が約1~3度上昇する可能性を指摘しました。(表1)
表1 条約・議定書交渉の経過
1958マウナロアでCO2観測開始
1985フィラハで「気候変動に関する科学的知見整理のための国際会議」
1986「温室効果ガスに関する助言グループ(AGGG)」発足
1988トロントで「変化する地球大気に関する国際会議」/IPCC発足
1989ノルトヴェイクで閣僚級会議
1990IPCC「第1次評価報告書」/第2回世界気候会議
1992気候変動枠組条約に合意/地球サミット
1994気候変動枠組条約発効
1995ベルリンでCOP1/ベルリンマンデート採択
1997COP3/京都議定書採択

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気候変動枠組条約

1991年2月から開始された、政府間交渉会議(INC)での「気候変動枠組条約」の交渉は難航しました。1990年に開催された「第2回気候会議」では、オゾン層の保護に関する交渉を参考に、まず気候変動が深刻な環境問題であることを確認し、その後の協力関係を定める「枠組条約」と、その後の科学的知見や対策技術の進展に合わせて、条約のもとに具体的な義務規定を定める「議定書」を交渉するという2段階の交渉方式が合意されていました。条約も議定書も法的には同格ですが、内容的には枠組条約が原則や方向性を規定する親条約で、議定書は具体的な目標や行動、各国の義務などを定める子条約のような関係になります。EC(現在のEU)は、気候変動問題の緊急性から、「枠組条約」と「議定書」を同時並行で交渉すべきと主張し、アメリカや日本は時間的な制約もあるので、まず「枠組条約」の交渉を先行させるべきだと主張しました。結局、交渉開始からリオでの地球サミットまで1年3か月しかないことから、「枠組条約」の交渉に専念することになりました。

また、ECは条約に「先進国は2000年までに1990年比10%削減」との数値目標や削減スケジュールを定めることを主張し、これに対しアメリカは「枠組条約」の名前のとおり、モニタリングなどの協力などの記載に止め、排出削減義務を盛り込むことに強硬に反対しました。

途上国グループは、気候変動の影響を最も強く受ける島しょ国、気候変動対策によって石油が売れなくなることを懸念する産油国、工業化を進めている中国、インド、ブラジルなどの新興国という利害が対立するグループが存在していました。当時は人口で20%を占めるにすぎない先進国が70%以上のCO2を排出していたこともあり、また途上国はまとまらないと交渉力も弱いことから、「先進国主要責任論」でまとまっていました。

INCでの交渉は、5.5回の会合を経て、1992年5月に「気候変動枠組条約」を採択しました。その内容は以下のとおりです。

究極の目的(2条)
条約は、究極の目的を「危険な人為的干渉を及ぼすことにならない水準において大気中の温室効果ガスの濃度を安定化させること」とし、この「安定化」は、生態系が気候変動に適応し、食糧の生産が脅かされず、経済開発が持続可能な態様で進行することができるような期間内に達成されるべきだとしています。わかりにくい表現ですが、「温室効果ガス濃度を、人類の生存に危険を及ぼさないレベルに止める」ことを目的とするということです。
しかし、「危険なレベル」、「安定化」がどの水準の温室効果ガス濃度を指すのか、何時までに「安定化」を達成すべきかについては記述されていません。これには、1990年8月に発表されたIPCCは第1次評価報告書が、危険でない平均気温の上昇幅や大気中のCO2濃度レベル、必要な排出削減量について言及できていないことが反映しています。

5つの原則(3条)
条約3条は、条約の目的と達成し、実施するにあたって指針とすべき、以下の5つの原則を定めています。
① 衡平の原則及び共通だが差異ある責任
② 発展途上国などの個別のニーズ、特別な事情への考慮
③ 予防原則
④ 持続可能な発展
⑤ 協力的で開放的な国際経済体制に向けての協力
こうした原則を条約に定めることを主張したのは途上国で、アメリカなどは原則の法的性格が明かでないとして反対しました。最終的に途上国の主張がとおり、原則が条約のなかに規定されることになりましたが、これらの原則はあくまで「条約の目的達成と実施のための措置の指針」であることがアメリカの要求で、前文に明記されることになりました。
これらの原則のなかでも、重要なのは①の「共通だが差異ある責任」原則です。
「共通だが差異ある責任」とは、地球温暖化への責任は全世界共通のものではあるが、先進国と途上国との間ではその責任には差があり、先進国側に、より大きな責任がある」というものです。この原則により、OECD*1加盟国と経済移行国*2 が附属書Ⅰ国とされ、それ以外の途上国は非附属書Ⅰ国とされ、さらにOECD加盟国は附属書Ⅱ国とされ、負う義務に差が設けられています。例えば、附属書Ⅰ国は温室効果ガスの排出抑制をすることにより気候変動を緩和する政策と措置ととる義務があり、附属書Ⅱ国は途上国に対する資金供与や技術移転の義務を負うとされています。

削減目標とスケジュール(4条2項)
条約4条2項には、附属書Ⅰ国は、「1990年代の終わりまでにその排出量を従前のレベルに戻す」との記述がありますが、この規定が、附属書Ⅰ国に対し、法的拘束力ある削減目標とスケジュールを規定した条項であるかは、解釈がわかれています。ECなどは、「附属書Ⅰ国に対し、1990年代の終わりまでにその排出量を1990年レベルの排出量に戻す義務」を規定したとしましたが、一般的には法的拘束力ある削減義務を課したものと解釈するのには無理があると理解されています。

また、この条約には2000年以降の排出量についてはまったく書かれていません。

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*1 経済協力開発機構(Organisation for Economic Co-operation and Development)。
*2 市場経済への移行の過程にある国。東欧などの旧社会主義国。
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