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COP21と人類の未来

今年11月末からフランスのパリで開催されるCOP21で、先進国だけでなく途上国も含めたすべての国が参加する、2020年以降の新たな枠組みが合意されることになっています。この合意は、今年2015年末までに合意を目指すことになっていることから「2015年合意」と言われます。

IPCC第5次評価報告書は、平均気温の上昇が2℃を超え4℃まで達する場合、気候変動の影響に対する対処(適応)の限界を超えてしまうとし、現在の温室効果ガス排出量のままで推移しても、あと30年足らずで2℃を超える可能性があるとしています。そして、2030年まで緩和(削減)の取り組みを遅延させると、2℃未満に抑制することが困難になると警告しています。2020年以降の削減目標を決める「2015年合意」は、人類の健全な生存にとって、決定的に重要な合意となります。

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気候変動の科学

今から約180年前、フランスの数学者フーリエは、太陽から地球に届くエネルギーから地球の平均気温を検討し、実際の気温よりも低いことを発見し、地球から放出される赤外線が宇宙に逃げて行くときにそれを妨害する何かのメカニズムがあるのではないかと考えました。これが「温室効果」を理論的に予測した最初のものです。

1865年、アイルランドの物理学者のチンダルが、フーリエが提唱した温室効果を実験的に確かめ、二酸化炭素(CO2)、メタン(CH4)、水蒸気(H2O)には温室効果があることを発見しました。

1896年、スウェーデンの物理化学者アレニウスは、石炭などの消費によってCO2排出が増え、それによって気温上昇が引き起こされるとし、もしCO2量が2倍になった場合、5~6℃の気温上昇が起こると予測しました。

実際に大気中のCO2濃度の観測が始まったのは1958年です。アメリカの化学者キーリングはハワイ島の4150mのマウナロア山頂でCO2濃度の測定を行い、この観測結果から大気中のCO2濃度が季節的な周期変動すること、また年々増加していることを初めて明らかにしました。このグラフはキーリング曲線を言われます(下図)。

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条約交渉の開始まで

気候変動問題に対処するため国際的な取り組みが開始されたのは、1980年代の後半です。1985年にオーストリアのフィラハで「気候変動に関する科学的知見整理のための国際会議」が開催され、この会議では「21世紀半ばには人類が経験したことのない規模で気温が上昇する」との見解が発表されています。1986年には世界気象機関(WMO)、国連環境計画(UNEP)と国際科学者評議会(ICSU)が、「温室効果ガスに関する助言グループ(AGGG)」を発足させています。1998年6月にはカナダのトロントに40数カ国の科学者、政策決定者、NGOなどが集まって「変化する地球大気に関する国際会議」が開催されました、このトロント会議は、G7サミットの後に開催されたこともあり、多くのマスコミ関係者も参加し、メデイアにも気候変動に関する認識が広まりました。このトロント会議では、地球全体の目標として、「CO2排出量を2005年までに1988年レベルから20%削減し、長期の目標としては世界全体で50%削減が必要」という、「トロント目標」と呼ばれる勧告が出されています。同じころ、アメリカの上院の公聴会で航空宇宙局(NASA)のジェームス・ハンセン博士が、「1980年代の暖かい気候はたまたまではなく、気候変動と関係していることは99%の確率で正しい」と証言し、大きな注目を集めました。

1988年秋には、気候変動問題についてのデータや知見を集め、これを評価するIPCCが設立されました。

1989年11月にはオランダのノルトヴェイクで、約70ヵ国の大臣が集まる閣僚級レベルの会議が開催され、「削減目標を設定すべき」と主張するオランダやスウェーデンと、これに反対するアメリカ、一律削減に反対する日本などが対立し、最終的に「温室効果ガスを安定化させる必要性を認識する」との宣言が採択されています。

同年12月に開催された国連総会は、1972年にストックホルムで開催された「国連人間環境会議」の20年目にあたる92年に、「環境と開発に関する国連会議(地球サミット)」をリオ・デ・ジャネイロで開催することを決議しました。決議は以下のように述べています。

「環境はますます悪化し、地球の生命維持システムが極度に破壊されつつある。このままいけば、地球の生態学的なバランスが崩れ、その生命をささえる特質が失われて生態学的なカタストロフィー(破局)が到来するだろう。私たちは、この事態を深く憂慮し、地球のこのバランスを守るには、断固たる、そして緊急の全地球的な行動が不可欠である。」

 地球サミットに向けて、気候変動(気候変動)問題、生物多様性の保全問題そして森林問題についての3つの条約を策定すべく交渉が開始されました。しかし、先進工業国と途上国の対立から森林問題についての条約を作成することは断念され、気候変動問題と生物多様性の保全についての条約交渉が進められることになりました。

1990年8月、IPCCは第1次評価報告書を発表し、温室効果ガス濃度の上昇が人間活動によること、対策をとらないと今後100年で平均気温が約1~3度上昇する可能性を指摘しました。(表1)
表1 条約・議定書交渉の経過
1958マウナロアでCO2観測開始
1985フィラハで「気候変動に関する科学的知見整理のための国際会議」
1986「温室効果ガスに関する助言グループ(AGGG)」発足
1988トロントで「変化する地球大気に関する国際会議」/IPCC発足
1989ノルトヴェイクで閣僚級会議
1990IPCC「第1次評価報告書」/第2回世界気候会議
1992気候変動枠組条約に合意/地球サミット
1994気候変動枠組条約発効
1995ベルリンでCOP1/ベルリンマンデート採択
1997COP3/京都議定書採択

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気候変動枠組条約

1991年2月から開始された、政府間交渉会議(INC)での「気候変動枠組条約」の交渉は難航しました。1990年に開催された「第2回気候会議」では、オゾン層の保護に関する交渉を参考に、まず気候変動が深刻な環境問題であることを確認し、その後の協力関係を定める「枠組条約」と、その後の科学的知見や対策技術の進展に合わせて、条約のもとに具体的な義務規定を定める「議定書」を交渉するという2段階の交渉方式が合意されていました。条約も議定書も法的には同格ですが、内容的には枠組条約が原則や方向性を規定する親条約で、議定書は具体的な目標や行動、各国の義務などを定める子条約のような関係になります。EC(現在のEU)は、気候変動問題の緊急性から、「枠組条約」と「議定書」を同時並行で交渉すべきと主張し、アメリカや日本は時間的な制約もあるので、まず「枠組条約」の交渉を先行させるべきだと主張しました。結局、交渉開始からリオでの地球サミットまで1年3か月しかないことから、「枠組条約」の交渉に専念することになりました。

また、ECは条約に「先進国は2000年までに1990年比10%削減」との数値目標や削減スケジュールを定めることを主張し、これに対しアメリカは「枠組条約」の名前のとおり、モニタリングなどの協力などの記載に止め、排出削減義務を盛り込むことに強硬に反対しました。

途上国グループは、気候変動の影響を最も強く受ける島しょ国、気候変動対策によって石油が売れなくなることを懸念する産油国、工業化を進めている中国、インド、ブラジルなどの新興国という利害が対立するグループが存在していました。当時は人口で20%を占めるにすぎない先進国が70%以上のCO2を排出していたこともあり、また途上国はまとまらないと交渉力も弱いことから、「先進国主要責任論」でまとまっていました。

INCでの交渉は、5.5回の会合を経て、1992年5月に「気候変動枠組条約」を採択しました。その内容は以下のとおりです。

究極の目的(2条)
条約は、究極の目的を「危険な人為的干渉を及ぼすことにならない水準において大気中の温室効果ガスの濃度を安定化させること」とし、この「安定化」は、生態系が気候変動に適応し、食糧の生産が脅かされず、経済開発が持続可能な態様で進行することができるような期間内に達成されるべきだとしています。わかりにくい表現ですが、「温室効果ガス濃度を、人類の生存に危険を及ぼさないレベルに止める」ことを目的とするということです。
しかし、「危険なレベル」、「安定化」がどの水準の温室効果ガス濃度を指すのか、何時までに「安定化」を達成すべきかについては記述されていません。これには、1990年8月に発表されたIPCCは第1次評価報告書が、危険でない平均気温の上昇幅や大気中のCO2濃度レベル、必要な排出削減量について言及できていないことが反映しています。

5つの原則(3条)
条約3条は、条約の目的と達成し、実施するにあたって指針とすべき、以下の5つの原則を定めています。
① 衡平の原則及び共通だが差異ある責任
② 発展途上国などの個別のニーズ、特別な事情への考慮
③ 予防原則
④ 持続可能な発展
⑤ 協力的で開放的な国際経済体制に向けての協力
こうした原則を条約に定めることを主張したのは途上国で、アメリカなどは原則の法的性格が明かでないとして反対しました。最終的に途上国の主張がとおり、原則が条約のなかに規定されることになりましたが、これらの原則はあくまで「条約の目的達成と実施のための措置の指針」であることがアメリカの要求で、前文に明記されることになりました。
これらの原則のなかでも、重要なのは①の「共通だが差異ある責任」原則です。
「共通だが差異ある責任」とは、地球温暖化への責任は全世界共通のものではあるが、先進国と途上国との間ではその責任には差があり、先進国側に、より大きな責任がある」というものです。この原則により、OECD*1加盟国と経済移行国*2 が附属書Ⅰ国とされ、それ以外の途上国は非附属書Ⅰ国とされ、さらにOECD加盟国は附属書Ⅱ国とされ、負う義務に差が設けられています。例えば、附属書Ⅰ国は温室効果ガスの排出抑制をすることにより気候変動を緩和する政策と措置ととる義務があり、附属書Ⅱ国は途上国に対する資金供与や技術移転の義務を負うとされています。

削減目標とスケジュール(4条2項)
条約4条2項には、附属書Ⅰ国は、「1990年代の終わりまでにその排出量を従前のレベルに戻す」との記述がありますが、この規定が、附属書Ⅰ国に対し、法的拘束力ある削減目標とスケジュールを規定した条項であるかは、解釈がわかれています。ECなどは、「附属書Ⅰ国に対し、1990年代の終わりまでにその排出量を1990年レベルの排出量に戻す義務」を規定したとしましたが、一般的には法的拘束力ある削減義務を課したものと解釈するのには無理があると理解されています。

また、この条約には2000年以降の排出量についてはまったく書かれていません。

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*1 経済協力開発機構(Organisation for Economic Co-operation and Development)。
*2 市場経済への移行の過程にある国。東欧などの旧社会主義国。

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COP3までの京都議定書交渉

気候変動枠組条約は、発効条件となっていた50ヵ国の批准を経て、1994年3月に発効し、その1年後の1995年3月から4月にかけて、ドイツのベルリンで第1回締約国会議(COP1)が開催されました。

このCOP1が開催された頃には、気候変動枠組条約では気候変動問題の解決には不十分で、先進国に追加的な削減義務を課す議定書が必要だとの認識が高まっていました。

EUは、先進国にさらなる削減目標が必要で、COP1で議定書交渉開始に向けた決議をすべきと主張しました。アメリカや日本などのEU以外の先進国は、議定書交渉を開始すること自体に消極的でした。多くの途上国は先進国のみが削減義務を負うべきで、途上国には削減義務などを負わせるべきではないと主張しましたが、先進国の削減義務に反発する産油国が対立していました。膠着状態に陥った会議を動かしたのは、インドを中心とする「グリーングループ」が結成され、附属書Ⅰ国の排出抑制義務や非附属書Ⅰ国への資金・技術移転などとともに、非附属書Ⅰ国には義務を課さないという内容の「グリーンペーパー」をまとめ、先進国に提示しました。これを契機に会議が大きく動き、で、現在の条約では気候変動問題の解決には不十分であることを確認し、COP3までに「新たな議定書あるいはこれに代わる法的文書」に合意するとするベルリン・マンデートが決議されました。このCOP1で議長を勤めたのは、現在のドイツのメルケル首相で、最後はアメリカの代表を膝詰めで説得したと言われています。

ベルリン・マンデートが、COP3までに CO2排出量の抑制・削減目標と達成期限を決める議定書またはその他の法的文書を採択するとしたことにより、COP3は気候変動問題の解決にとって決定的に重要な会議になりました。そして、このCOP3の議長国として、日本政府が名乗りをあげたのです。日本政府がCOP3の議長国として名乗りをあげたことには、私たち日本のNGOは驚くとともに、困惑しました。驚いた理由は、日本政府が温室効果ガスの排出量の削減の合意という極めて難しい国際交渉の議長国として、リーダーシップを発揮できるとはとうてい思えなかったからです。COP1の議長国であったドイツ政府は、COP1の議長国を引き受けるにあたって、国内での CO2排出量の大幅な削減目標と達成期限を設定し、自らが率先して削減する態度を明確にして、議定書交渉をリードしてきました。しかし、日本政府にはまったくこうした準備はなく、削減どころか、1990年に閣議決定した「地球温暖化防止行動計画」が定める、 CO2排出量を2000年までに1990年レベルに安定化することすら達成できる見通しがなかったからです。

ベルリン・マンデートにもとづき、特別作業グループが設けられ、「新たな議定書あるいはこれに代わる法的文書」の交渉が開始されました。この特別作業グループは、「ベルリン・マンデート・アドホック会合(AGBM)」です。このAGBMの最大の論点が、2000年以降の先進国の目標数値でした。また、目標数値もさることながら、対象ガスをどうするか、目標年、森林などの吸収源の扱いなども交渉のテーマでした。

差異化
さらに大きな問題は、先進国の各国の国別目標をどのように決めるか(差異化)でした。ノルウェーなどはGDP当たりの排出量や一人当たり排出量を基準にすべきだと主張し、オーストラリアはGDP成長率、人口の推移、化石燃料の輸出入量などをもとに定めるべきだと主張し、スイスやフランスは一人当たり排出量を基準とする案を提示していました。

削減数値
削減数値については、EUは2010年までに一律15%削減を主張しましたが、EU内部では90年比で25%削減するドイツやデンマークや、40%の増加を認められたポルトガルまで大きな差異があり、これが一律ではなく国別に差異化した目標数値を主張する日本やノルウェーに批判されることになります。しかし、EU以外の国は具体的な目標数値を提案できないままでした。日本が国別の差異化を主張する根拠は、オイルショック後に日本は省エネを進め、他の先進国に比べて一人当たり排出量が少なく、こうした既存の努力が評価されるべきだというものでした。日本は、当時、1990年比で排出量を削減するのは困難とする通産省と、6%程度の削減は可能とする環境庁が対立しており、具体的な目標数値を提案できる状況ではありませんでした。COP3直前の1997年10月のAGBM8で、「基準削減率は5%とし、但しGDP当たり排出量あるいは一人当たり排出量が附属書Ⅰ先進国の平均より低い場合、また人口増加率が平均を上回る場合は、その分だけ削減率を下げられる」とする案を主張しました。これはオイルショック後に省エネを進め、他の先進国に比べて一人当たり排出量が少ない日本は削減率が低くなる、日本に都合のよい案でした。

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COP3での交渉の論点と合意内容

COP3は1997年12月1日から国立京都国際会館で始まりましたが、合意できるかどうかの見通しはまったくたっていませんでした。COP3の初日に日本のNGOのネットワークである気候フォーラムのブースを訪れた当時の小渕外務大臣に、COP3の見通しを聞いたところ、「五里霧中です」と答えられたことを覚えています。
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COP3での交渉の論点と合意内容は以下のとおりです。

対象ガス
どのような温暖化ガスを対象とするかについては、計測が確実なCO2、メタン、一酸化二窒素(N2O)の3つのガスを主張するEUや日本と、フロン類の3ガス*4も含めるべきとするアメリカなどが対立しました。最終的にアメリカなどが主張した6つの温暖化ガスを対象とし、それぞれのガスについて目標を定めるのではなく、6つのガスを炭素換算してまとめて削減対象とすることになりました(バスケット方式)。
*4 ハイドロフルオロカーボン、パーフルオロカーボン、六フッ化硫黄

森林などの吸収源の取り扱い
目標の達成に森林などの吸収源の増減を含めるかどうかも大きな交渉テーマでした。島しょ国連合や日本は森林などの吸収量は不確実性が大きいとして、吸収源を含めるべきではと主張しましたが、オーストラリアやニュージーランドなど多くの国は、排出量から吸収量を引いた純排出量を主張しました。各国とも自国にもっとも有利になる方法を主張しましたが、最終的に不確実性が低いと考えられた「1990年以降の植林、再植林、森林減少」に限定して算入することになりました。この吸収源の取り扱いについては、基準年の排出量については発生源からの排出量のみとされ、吸収源による吸収量は含まれておらず、目標年の排出量については吸収源による吸収量を含むという方式(グロスネット・アプローチ)がとられています。

基準年と目標年
基準年については、1990年当時は経済が崩壊状態で排出量が少ないという東欧諸国を除いて1990年とすることで概ね一致していましたが、目標年については2005年、2010年という特定の年を基準年にすべきとするEUに対し、日本やアメリカは5年平均を主張しました。最終的に2008年から2012年の5年間平均を目標年とすることになりました。5年平均とする理由は、単年ではその年の気候や経済状態で排出量が変わってしまうからだと説明されています。

削減目標
もっとも揉めたのは各国ごとの削減目標です。そもそもCOP3で各国が提案していた目標数値は、対象ガスや吸収源の扱いが異なっていたため、対象ガスや吸収源の扱いが決まるまで数値目標の交渉に入れませんでした。数値目標の交渉に入っても、EUとアメリカ、日本などの対立が続きました。途中でCOP3の全体会合のエストラーダ議長が、EU8%、アメリカ5%、日本4.5%の削減数値案を示す場面もありました。しかし、EUがアメリカ5%に異議をとなえ、最終的にEU8%、アメリカ7%、日本6%、先進国全体で5.2%削減で決着しました。附属書Ⅰ国の削減目標は下図のとおりです。

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気候変動枠組条約と京都議定書の意義

気候変動枠組条約には現在、国連加盟国のほとんどすべての国が参加しています。京都議定書にも、アメリカとカナダを除くほとんどの国が参加しています。

気候変動枠組条約と京都議定書のような多国間条約が必要とされるのは、大気という誰のものでもない、誰でも好きなように利用できる公共財に関する問題だからです。そして、もっとも温暖化への寄与の大きなCO2は、すべての国が排出しており、1ヵ国だけが排出量を削減しても気候変動問題を解決することはできません。気候変動枠組条約のような多国間条約を締結することにより、他の国にも必要な行動をとってもらうことで、問題解決の可能性が高まります。また、多くの国が条約に参加することで、その問題の重要性についての共通認識が醸成され、交渉を通じて、目標の水準についての議論が深まり、行動についての協調が可能になります。

気候変動枠組条約と京都議定書は、明らかにそれまでの温室効果ガスの排出放任から排出規制への大きな転換となりました。それまでの、エネルギー消費の増大を伴う工業化や経済成長は人類の発展であり、工業の発展や経済成長が人類を幸せにするとの考えからの転換です。また、世界的な省エネ、自然エネルギー普及などを促しました。

確かに、京都議定書の削減目標では、危険な気候変動を防ぐことはできません。しかし、京都議定書が先進国だけとはいえ、エネルギー消費の削減に踏み込んだことは、大きな一歩と評価してもよいと思います。

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京都議定書の運用ルールの 交渉

 COP3で京都議定書が採択されましたが、COP3は先進国の削減数値目標の交渉に終始し、採択さ れた京都議定書の運用ルールについては、ほとんど白紙の状態でした。とりわけ、吸収量を自国の目標達成に利用できるとされた森林などの吸収源の取り扱い、京都メカニズムと言われる共同実施・排出量取引・クリーン開発メカニズム(CDM)の解釈や運用ルールが課題として残されていました。とりわけ、CDMは「京都の驚き」と言われるように、先進国の排出削減義務の不履行への制裁金を原資とするクリーン開発基金の提案が、アメリカなどの提案でまったく違った制度として、議定書に規定されたので、大多数の締約国にとってまさに「驚き」で、CDMとは何かについても、共通の理解はなかったと言ってよいと思います。また、遵守手続についても、議定書18条が、京都議定書の第1回会合において遵守手続を決定するとされていましたが、不遵守の場合の措置などは白紙の状態でした。
 COP3の翌年にアルゼンチンのブエノスアイレスで開催されたCOP4は、2000年のオランダのハーグでのCOP6までに京都議定書の運用ルールについて合意するとするブエノスアイレス行動計画を採択しました。

表1 条約・議定書交渉の経過   
国際的な取り組み
2000 COP6(ハーグ)決裂。アメリカ:ブッシュ共和党大統領当選。
2001 アメリカ:京都議定書交渉から離脱。
COP6.5(ボン): 京都議定書の運用ルールについて政治的合意。
COP7(マラケシュ): 京都議定書の運用ルールの合意(マラケシュ合意)。
2005 京都議定書発効 
COP11/CMP1(モントリオール);AWGkP, 長期的対話の開始。
2007 IPCC第4次評価報告書
COP13/CMP3(バリ);バリアクションプラン、AWGLCA開始。
2008 G8(洞爺湖サミット)で2050年世界の総排出量半減目標に合意。
2009 COP15/CMP5(コペンハーゲン):合意に失敗。
2010 COP16/CMP6(カンクン):カンクン合意
2011 COP17/CMP7(ダーバン):ダーバンプラットホームを設立。
2015 COP21/CMP11(パリ):2020年以降の新たな枠組み合意?

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決裂したCOP6

 京都議定書の運用ルールについてのCOP6の交渉は難航しました。COP6は、吸収源の取り扱いを巡って紛糾し、結局、合意ができず、COP6はいったん中断し、再開会合が開催されることになりました。COP6で合意ができなかった要因については、いろいろな評価がありますが、世界の環境NGOのネットワークであるCANや、CASAなどの日本のNGOは、アメリカ、カナダや日本などが、京都議定書の削減目標を上回るような吸収量を獲得しようとしたことがCOP6を失敗に導く要因になったと評価し、日本のマスコミも同様の趣旨の報道をしました。このことには後日談があり、日本が合意を阻んだとの報道に怒ったある省が、マスコミ各社の論説委員などを呼びつけ、世界のマスコミで日本が合意を阻んだなどと報道しているところはないと抗議したそうです。

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アメリカの離脱

 このCOP6が開催されている一方で、アメリカでは民主党のゴア氏と共和党のブッシュ氏の大統領選の開票を巡る訴訟合戦が行われていました。COP6の最中にアメリカの政府関係者と話した際に、ブッシュ大統領が当選したらアメリカの交渉ポジションが大きく後退するのは必至なので、不十分な合意でも合意を成立させないと、大変なことになると言われたことを覚えています。
 結局、ブッシュ共和党政権が成立し、2001年3月、ブッシュ政権は京都議定書がアメリカの経済に打撃を与えるだけでなく、主要な途上国に削減義務を課していない不平等な条約だとして、京都議定書からの離脱を宣言してしまいました。
 ブッシュ政権の議定書からの離脱宣言で、日本が京都議定書の発効のキャスティングボートを握ることになりました。なぜなら、京都議定書の発効には55カ国と、目標をもつ国(附属書Ⅰ国)の排出量の55%を超える締約国の批准が必要とされ、アメリカが附属書Ⅰ国の排出量の36.1%、ロシアが17.4%、日本が8.5%を占めており、アメリカが抜けた状況では、 ロシアと日本が批准しなければ、議定書は発効しないからです。ロシアは余剰排出量(ホットエアー)*1を売ることにより大きな利益が得られることから、いろいろな主張はしても議定書の発効に前向きで、問題は常にアメリカに 追従する日本政府が、アメリカ抜きでも批准するかどうかが最大の関心事となっていました。当時の途上国グループの議長であったイラン大使は、記者会見で「(このCOP6では)日本政府のアメリカからの政治的独立性が試されている」と発言したほどです。
 結果的に、2001年7月にドイツのボンで開催されたCOP6再開会合で、日本政府は吸収源で大きな吸収量を獲得するなどの日本政府にとっての「成果」をあげ、最終的に運用ルールの政治合意(ボン合意)に同意しました。


*1 ロシア、ウクライナの数値目標は1990年比0%とされましたが、ロシアは95年時点で90年比でマイナス30%、ウクライナは96年時点で半減しており、この余剰分は何の対策をしなくても売却できることになり、この余剰分が「ホットエアー」と呼ばれます。

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京都議定書の運用ルール

 2001年10月末からモロッコのマラケシュで開催されたCOP7では、京都メカニズムの運用ルールや吸収源ルールの細部を詰めるとともに、COP6再開会合での政治的合意を、国際法として書き換える作業が行われ、京都議定書の運用ルールがマラケシュ合意として採択されました。このCOP7は、同年9月11日の同時多発テロの直後に行われたため、参加を見合わせた産業界などの関係者も多く、私たちも炭素菌対策の薬を持参しました。
 マラケシュ合意の主要な内容は以下のとおりです。
① 京都メカニズム
・京都メカニズムに参加できるのは、温室効果ガスの推計のための国内制度、目標遵守のための情報の整備、遵守制度 を受諾した締約国とする。
・京都メカニズムで獲得した削減量の利用は、国内対策での削減に対し「補完的」であること(定性的な表現のみ)。
・原発施設からの削減量(クレジット)の利用は控える*2
② 吸収源
・間伐などの「森林管理」(森林経営)を行った森林や、「農地管理」、「牧草地管理」なども含めてCOの吸収分をカウントできるように吸収源の対象を拡大。
③ 遵守制度
・削減目標を未達成の場合、①削減できなかった分の1.3倍の量を次期約束期間に繰り越す、②遵守のための行動計画の作成、③排出量取引での排出量の移転ができなくなるなどの制裁を受ける。
・国家通報の提出などを守らない場合には、京都メカニズムの利用ができなくなる。
④ 3つの基金
・条約のもとに、特別気候変動基金と後発開発途上国基金の 2つの基金、京都議定書のもとに適応基金の合計3つの基金を創設。

*2 原発を共同実施(先進国間)やCDM(先進国と途上国間)で建設した場合の削減量を、自国の目標にカウントできるようにしろと強く主張していたのは日本でした。しかし、合意された京都議定書の運用ルールでは、原発施設から削減量を自国の目標にカウントすることは「控える(refrain)」とされ、事実上、原発からの削減量の利用は出来ないことになりました。

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京都議定書の発効と第2約束期間の交渉

 運用ルールが合意されたことにより、京都議定書は批准可能な状態*3になり、2002年に南アフリカで開催された国連の環境会議*4までの発効を目指すことになりましたが、ロシアがなかなか批准せず、2005年2月に、合意から7年を経て、京都議定書はようやく発効しました。
 2005年11月、カナダのモントリオールで、COP11とともに、京都議定書の第1回締約国会合(CMP1)が開催されました。
 COP11の課題の第1は、マラケシュ合意を採択して京都議定書を始動させることでした。また、議定書3条9項は、第1約束期間終了の少なくとも7年前には、2013年以降の先進国の削減目標(第2約束期間)について議論を開始しなければならないと定めていたことから、7年前にあたる2005年のCOP11で、第2約束期間の先進国の削減目標についての交渉を開始することになりました。2013年以降の削減目標の交渉では、議定書を批准していない米国をどのように議論に巻き込むか、また削減義務を課されることに強い警戒心を抱いている途上国の参加にどのように道筋をつけていくかということが最大の課題でした。COP11は、京都議定書に参加する先進国の第2約束期間の削減義務について交渉する特別作業部会(AWGKP)を設置するとともに、アメリカや主要な途上国の削減については、条約のもとで「長期的な協同行動の対話」を進めることになりました。

*3 条約などを批准するためには、条約を実施する法律などを国内的に準備する必要があり、そのためには京都議定書の運用ルールの決定が必要でした。
*4 2002年8月末から南アフリカのヨハネスブルグで開催された「持続可能な開発に関する世界首脳会議(ヨハネスブルグ・サミット)」のこと。1992年のブラジルのリオデジャネイロでの「環境開発会議」の10年後に開催されたことから、「リオ+ 10」とも言われます。

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IPCC第4次評価報告書

 IPCCは、2007年に第4次評価報告書を発表しました。この第4次評価報告書は「温暖化は疑う余 地がない」とし、その原因については「人為起源の温室効果ガスの増加が原因であった可能性がかなり高い(90~95%の発生確率)」とし、2001年の第3次評価報告書に比べ、より踏み込んだ表現で、温暖化の原因が人為起源によることをほぼ断定しました。
 また、平均気温の上昇を産業革命以前より2.0~2.4℃に抑えるためには、2015年までにCO排出量をピークとして以後は削減に向かわせ、2050年までに世界全体のCO排出量を2000年比で50~85%削減することが必要とし、とりわけ日本などの先進国は2020年までに1990年比で25~40%削減し、2050年までに80~95%削減する必要があるとしました。
 この年、IPCCはアル・ゴア元アメリカ副大統領とともに、ノーベル平和賞を受賞しています。 4.png

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バリ行動計画(COP13)

 2007年12月、インドネシアのバリで開催されたCOP13/CMP3の課題は、2013年以降の削減目標と制度枠組みについての交渉期限とそれに至る具体的な作業計画に合意することでした。さらに、IPCC第4次評価報告書の内容を次期枠組みの議論にどう活かすかも問われていました。
 COP13が採択した「バリ行動計画(バリ・アクションプラン)」では、交渉期限は2009年までとされ、アメリカや主要な途上国の参加については、COP11で開始した「長期的な協同行動の対話」を「特別作業部会(AWG-LCA)」に格上げし、アメリカの削減目標や主要な途上国の削減行動を議論することが決まりました。
 IPCC第4次評価報告書の、温室効果ガスの排出ピーク、2050年までの半減目標、先進国の2020年削減目標などの記載は、条約のもとでのCOPの決定本文には記載されませんでしたが、COP決定の前文に、「IPCCの第4次評価報告書に、地球規模の排出量の大幅な削減が必要なこと、気候変動への対処が緊急であることが強調されていることを認識する」との記述がなされ、脚注に排出ピークや中長期に削減数値の記載されているIPCC第4次報告書第3作業部会報告書の該当頁が記載されました。京都議定書のもとでのCMP決定には、温室効果ガスの排出ピーク、2050年までの半減目標、先進国の2020年削減目標などが記載されました。
 京都議定書にはアメリカは参加しておらず、途上国の削減目標や行動も京都議定書の締約国会合であるCMPの交渉テーマとはなっていないため、COP決定とCMP決定が異なることになりました。
 このCOP13/CMP3は、アメリカと途上国の参加についての道筋をつけられたことが、成果だと評価されています。

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決裂したCOP15

 COP13で、COP15で次期枠組み合意をすることになったことから、COP15は決定的に重要な会議になりました。そのことを象徴しているのが、COP15に120ヵ国近い首脳が参加したことです。このことは、地球温暖化問題が国際政治の最重要な課題になったことを示していました。政府代表団、NGO、メディアなどの参加者も、COP史上最多の119ヵ国から4万人を超えました。
 会議の終盤に、オバマ大統領など先進国と主要な途上国などの20数ヵ国の首脳が集まり作成したコペンハーゲン合意案は、手続きが不透明で、公平性を欠くとして、ベネズエラ、ボリビアなどの複数の国が異議を唱えたため、決定として採択することができず、「コペンハーゲン合意」を「留意」するとするCOP決定を採択するに止まりました*5
 COP決定として採択はできませんでしたが、このコペンハーゲン合意には、いくつかの前進面がありました。地球の地表の平均気温上昇を工業化以前から2℃に抑制するという科学的見解を認識し、1.5℃未満を含む長期目標を強化することを確認したこと、先進国は2020年の削減目標を、途上国は削減行動をそれぞれ提出するとしたこと、2012年までに300億ドル、2020年までに毎年1000億ドルの資金拠出を先進国合同で目指すことになったことなどです。とりわけ、先進国の削減目標と途上国の削減行動がひとつの文書に書き込まれ、削減目標をもつ先進国と、もたない途上国という二分構造を 超えた合意になっていたことは、大きな前進面です。
 しかし、120ヵ国近い国の首脳が集まりながら、合意できなかったことにより、主として先進国から、国連方式の条約・議定書プロセスへの不満と失望の声が高まったことも事実です。

*5 「留意」するとするCOP決定は、それだけでは締約国を拘束せず、同意する国のみを政治的に拘束する政治的合意です。大多数の国が「コペンハーゲン合意」を支持しても、この合意が自動的に2013年以降の枠組み交渉の基礎はならないところが、「コペンハーゲン合意」がCOP決定として採択された場合と異なります。

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カンクン合意

 メキシコのカンクンで開催されたCOP16は、コペンハーゲンの失敗をどう乗り越えるかが課題でした。
 そのCOP16の初日に、あろうことか、日本政府代表団が、「いかなる条件、状況においても、日本が京都議定書の第二約束期間の削減目標を約束することはない。」と発言し、このことが大きな非難を浴びました。カンクンでは、コペンハーゲンで失われた途上国と先進国の間の信頼関係を再構築することが最大の課題であり、議長国のメキシコ政府がこうした雰囲気づくりに努力をしていたにもかかわらず、こうした努力を無にしかねない発言だったからです。この発言は、ロイター、新華社通信、メキシコの新聞など海外のメディアが一斉に報道しました。ロイターの見出しは、「日本が京都議定書を殺す発言」でした。CASAも参加する世界の環境NGOのネットワークである気候行動ネットワーク(CAN)が、その日の「化石賞」*6を日本に授与したことは言うまでもありません。
 COP16で採択されたカンクン合意は、COP決定とCMP決定とからなっていて、CMP決定には「京都議定書の第2約束期間」の文言が明確に記載され、第1約束期間と第2約束期間との間に「空白(ギャップ)」を生じさせないように、第2約束期間の削減目標を検討するとされました。COP決定では、2 ℃未満目標がCOP決定に初めて書き込まれ、世界の温室効果ガスの排出量をできる限り早くピークアウトすべきとされています。
 また、コペンハーゲン合意に基づいて提出された締約国の自主目標(プレッジ)が、補助機関会合の情報文書に書き込まれることになりました。
 COP16の最大の成果は、コペンハーゲンで失われた多国間交渉への信頼を回復させ、途上国と先進国との間の信頼関係を修復したことです。メキシコ政府は徹底して「透明性ある運営」を心がけていました。とりわけ、閉会総会では、COP/ CMP議長を努めたメキシコのエスピノーサ外務大臣には、多くの締約国から感謝の言葉が多く捧げられました。
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写真 11月28日のCOP16の開会式 中央がエスピノーサCOP/CMP議長、左がフィガーレス条約事務局長(出典:IISD)


*6 CASAも参加する、世界の地球温暖化問題に取り組む世界のNGOのネットワークであるCANが、その日の会議で、もっとも後ろ向きの行動や発言をした国に与える「不名誉」な賞。

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COP17

 2011年11月末から南アフリカのダーバンで開催されたCOP17は、会議初日にカナダが京都議定書からの離脱を12月中にも表明するとのニュースが流れ、大荒れの開始になりました。これまでの発言から、第2約束期間に日、カナダ、ロシアが参加しないであろうことは想定内でしたが、さすがに議定書からの離脱することは想定外でした。
 COP16で日本が京都議定書の第2約束期間を受け入れないとし、カナダの離脱が現実化したこともあり、京都議定書の存続自体が危ぶまれることになりました。途上国を中心に京都議定書の存続を求める声が高まり、アフリカのグループは「アフリカを京都議定書の墓場にすることは許さない」との発言を繰り返し、参加者の大きな共感を呼びました。
 COP17の終了の予定は12月9日(金)午後6時でしたが、実際に終了したのは12月11日(日)午前5時過ぎでした。長いCOPの歴史の中で、会議の終了が終了日の翌日の土曜日まで伸びたことは度々ありましたが、翌々日の日曜日までかかったことは初めてで、このことがCOP17の交渉の難しさを象徴しています。
 CMP7の決定では、京都議定書の第2約束期間を、第1約束期間と空白を設けず、2013年1月1日から始めることが明確に記述されました。京都議定書の第2約束期間が明確に決定されたことは、アフリカ諸国の「アフリカを京都議定書の墓場にすることは許さない」との願いに応えることができたと言ってよいと思います。アメリカや途上国を含む全締約国 の2020年以降の削減目標・削減行動、制度枠組みについては、新たに「ダーバン・プラットフォーム作業部会(ADP)」を設置し、遅くても2015年までに、新たな議定書、法的文書あるいは法的成果のいずれか*7に合意することになりました。2013年以降の制度枠組みが、京都議定書のような法的拘束力あるものになるかどうかは決まっていませんが、少なくとも法的拘束力ある新たな議定書も含めて、法的な制度枠組みの合意を目指すことになりました。この合意 は「2015年合意」と呼ばれています。

*7「議定書、法的文書または法的効力を有する合意成果(protocol/legal instrument/agreed outcome with legal force)」。COP17では、2020年以降の新たな枠組みの法的形式について最後まで揉め、この「議定書、法的文書または法的効力を有する合意成果」は、各国の主張する法的形式を併記したものです。最終的な「2015年合意」の法的形式がいずれになるかは予断を許しません。

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新たな段階に入った条約・ 議定書交渉

 COP17で、先進国及び途上国を含むすべての国を対象にした新たな枠組み交渉を開始することになったことは、条約・議定書交渉が新たな段階に入ったことを意味しています。
 モントリオールでの京都議定書の第1回締約国会合以来、条約・議定書交渉の主要な争点は、気候変動枠組条約や京都議定書の基本的な枠組みである先進国と途上国の二分構造からの脱却でした。共通だが差異ある責任原則により、先進国のみが削減義務を負うのか、それとも途上国も相応の削減努力をすべきかどうかが問題となっていました。また、京都議定書に参加していないアメリカをどう巻き込むかも主要な論点となっていました。
 京都議定書が合意された1996年当時は、世界のCO排出量は約240億トンで、アメリカが最大の排出国で世界全体の23%を排出し、2番目が中国の15%、3番目がソ連・東欧諸国で14%、4番目が日本5%であり、ソ連・東欧諸 国を含む、世界人口の4分の1に過ぎない先進国が、世界のCO排出量の3分の2を占めていました(図1)。一人当たり排出量でも、ソ連・東欧諸国を除く西側先進国は12.5トンで、途上国平均の2.0トンの約6倍以上でした。
 ところが、中国やインドなどがCO排出量を急増させ、中国のCO排出量がアメリカを抜いて世界1になり、現在では途上国の排出量が先進国を越えています。こうした途上国の排出量の増加からしても、アメリカは もちろんですが、中国などの主要な途上国にも何らかの対策をとってもらわないと地球温暖化が防止できないことは明らかです。その意味では、途上国も含めて「すべての国」が参加する枠組みが必要になっていることは否定できない現実です。
 しかし、そうは言っても、小島嶼国や後発開発途上国などは、総排出量も一人当たり排出量も極めて少なく、まだまだ経済的な発展が必要です。一人当たり排出量では、先進国は途上国の約3倍であり、地球温暖化の原因を作ったのは明らかに先進国であることも忘れてはならないと思います。
88-7.png  「2015年合意」に向けた交渉は遅々としており、本当に実効性ある「2015年合意」ができるかどうかは予断を許しません。しかし、これまでの条約・議定書交渉を見ると、時には決裂したり、後退したりしながらも、確実に前に進んでいると思います。

図1 CO排出量(1996年)

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人類の未来を決める2015年合意

 11月30日から、パリで気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)が開催されます。このCOP21で、すべての国が参加する2020年以降の新たな法的枠組みに合意することになっています。この合意は2015年合意と呼ばれています。
 IPCC第5次評価報告書(AR5)は、世界の平均気温の上昇が工業化(1850年頃)以前から2℃を超えると、様々なリスクが上昇し、4℃を超えると適応の限界を超える恐れがあると警告しています。そして、平均気温の上昇を2℃未満に抑制するためには、2030~50年に大幅な削減が必要で、現行水準以上の削減努力が2030年まで実施されなければ、長期的に低排出水準へ移行する困難さは大幅に増し、2℃未満に抑えるための選択肢の幅を狭めるとしています。COP21では、2030年までの削減目標や対策を軸に交渉が進められており、「2015年合意」が人類の未来にとって決定的に重要になっています。

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2015年合意の内容

 COP21で合意が目指されている「2015年合意」は、これまでの交渉で、緩和(温室効果ガスの排出削減)、適応、資金、技術開発と移転、能力構築(キャパシティ・ビルディング)、行動と支援の透明性といった要素をバランスよく扱うべきであること、異なる国別事情に照らし「共通だが差異ある責任と個別の能力(CBDRRC)*1」という原則を反映した野心的な合意であることが確認されており、2020年以降の新たな国際枠組みである「パリ合意」と「COP決定」の2本立てになることはほぼ合意されています。「パリ合意」には新しい枠組みの核(コア)になる内容を、「COP決定」にはそれを補足・補佐する内容を書き、これらをパッケージとして合意することが想定されています。
表1 ADP共同議長が提示した「パリ合意」の構成案
前文
定義
総則/目的
緩和(排出削減)
適応、損失と損害(ロス&ダメージ)
資金
技術開発と移転
能力構築(キャパシティ・ビルディング)
行動と支援の透明性
約束、貢献、および実施と野心に関するその他事項に関わる時間的枠組みおよび過程
実施の促進および遵守
手続きおよび制度的規定
出所:CASA作成
表2 ADP共同議長が提示した「COP決定」の構成案
前文WS1及びWS2
「パリ合意」の採択
国別貢献案(INDCs)
決定要素
D 緩和(排出削減)
E 適応、損失と損害(ロス&ダメージ)
F 資金
G 技術開発と移転
H 能力構築(キャパシティ・ビルディング)
I 行動と支援の透明性
J 約束、貢献、および実施と野心に関するその他事項に関わる時間的枠組みおよび過程
K 実施の促進および遵守
2020年までの野心(WS2)に関する要素
合意が発効するまでの作業計画
組織的アレンジメント
運営および予算
出所:CASA作成
* Ⅴには、ⅢのD~Kが記載されています。
 表1は、2015年7月24日にADP*2の共同議長が提示した「パリ合意」の構成案です。表2は同じくADPの共同議長が提示した「COP決定」の構成案です。
 表1の「パリ合意」の構成案と表2の「COP決定」の構成案とで異なるのは、「WS2(ワークストリーム2)」に関する事項が「COP決定」に入っていますが、「パリ合意」には入っていないことです。「WS2」は、2020年までの排出削減レベルの引き上げに関する交渉なので、2020年以降の新たな法的枠組みについての合意である「パリ合意」の項目にはなりません。この「パリ合意」と「COP決定」の構成案は、あくまで共同議長の提案であり、「パリ合意」と「COP決定」がこのような構成になるかどうかは未定で、今後の交渉に委ねられています。表1の「パリ合意」の構成案のD~Kと、表2の「COP決定」の「決定要素」のD~Kとは同じですが、このうちどの要素が「パリ合意」に入り、どの要素が「COP決定」に入るのかは決まっていません。同じ要素が「パリ合意」と「COP決定」の両方に入ることもあります。
 表1と表2に共通の「D緩和」、「E適応、損失と損害」、「F資金」、「G技術開発と移転」、「H能力構築(キャパシティ・ビルディング)」の要素は、2007年のCOP13のバリ行動計画以来、主要な交渉テーマとして交渉が重ねられてきており、2020年以降の枠組みにおいても、こうしたテーマについて合意が必要なことは共通の認識です。
 なかでも今回のCOP21の最大の焦点は、「D緩和」で、とりわけ各国の2020年以降の削減・抑制目標(INDC*3)です。

*1 CBDRRC:common but differentiated responsibilities and respective capabilities
*2

行動強化のためのダーバン・プラットフォームに関する特別作業部会。2011年、南アフリカ・ダーバンで開催されたCOP17で設置された作業部会で、2020年以降のすべての国が参加する新たな法的枠組みを交渉する場。
*3


INDC:intended nationally determined contributions。2020年以降の枠組みの下で実施される削減・抑制目標を指します。緩和だけでなく適応をINDCに含める国もあります。日本語では「国別目標案」、「約束草案」などと訳される場合もあります。

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カンクン合意と2℃目標

 2010年にメキシコのカンクンで開催されたCOP16では、COP15で留意にとどまったコペンハーゲン合意に記載された2℃目標をCOPでの正式な決定として確認し、京都議定書に参加していないアメリカ、さらに京都議定書では削減目標を負っていない途上国も含めてすべての国が自主的に削減・抑制目標を設定し、その履行を政治的に約束することになりました。このカンクン合意により、各締約国が2020年目標を提出しています(表3)。しかし、現在提出されている目標は、平均気温の上昇を2℃未満に抑制するには極めて不十分です。
表3 カンクン合意の下での主要国の目標(2020年)
排出量のシェア(2010年)削減目標*1基準年備考
中国24.0%▲40~45%2005年GDP当たり
アメリカ17.7%▲17%2005年
EU9.8%▲20%/▲30%1990年
旧15ヵ国27ヵ国
ロシア5.2%▲15~25%1990年
インド5.4%▲20~25%2005年GDP当たり
日本3.8%▲3.8%2005年1990年比では+3.1%
韓国1.9%▲30%BaU*2
カナダ1.8%▲17%2005年
オーストラリア1.3%▲5~15%/25%2000年
ブラジル1.3%▲36.1~38.9%BaU比
南アフリカ1.1%▲34%BaU比
*1 前提条件により幅のある目標を提出している国がある。
*2 BaU(Business as Usual)とは、「現在までに導入されている対策の効果を想定し、追加的な対策が講じられず現状の対策レベルで推移する」と仮定した場合の将来予測を指す。「現状推移ケース」という場合もある。
出所:排出量のシェア(2010年)はIEA「CO2 EMISSIONS FROM FUEL COMBUSTION HIGHLIGHTS」2012 EDITIONよりCASA作成、各国の目標はUNFCCCウェブサイトより。
89図1
図1 2030年までのGHG排出経路
出所:IPCC第5次評価報告書第3作業部会報告、
政策決定者向け要約よりCASA作成
 AR5によれば、2℃未満に抑制する可能性が少なくとも半分程度(33~66%)となる水準は、2100年の温室効果ガス(GHG)濃度は約450ppmか約500ppmで、そのためには2030年における年間GHG排出量はおよそ30~50Gt*4(300~500億t)としています。図1は、AR5の第3作業部会報告(WG3)に掲載されているもので、2030年までのGHG排出シナリオ経路を示したものです。下の色の濃い部分が2030年のGHG排出量が50Gt未満のシナリオ経路で、真ん中の少し濃い部分が50~55Gt、上の薄い部分が2030年に55Gtを超えるシナリオ経路です。図1の真ん中に描かれた太い縦線は、カンクン合意に基づく2020年の削減目標の範囲です。つまりカンクン合意に基づく2020年の削減目標はもっとも削減できた場合でも50Gtを超えており、2℃未満に至る排出経路からは外れています。AR5は、このままいくとカンクン合意の排出量は、3℃未満に抑える可能性が高い(66%以上の確率)シナリオ経路におおむね一致するとしています。
 AR5は、2020年までの努力に加えて2020年以降にさらなる大幅な削減ができた場合には、2℃未満目標達成の可能性も残されているとしていますが、緩和の努力が2030年まで遅れて、2030年に55Gtを超える排出になった場合には、削減に向けた選択肢が減り、2℃未満の達成は難しくなるとしています。
 つまり2℃未満を達成するためには、世界の年間GHG排出量を2030年に50Gt未満にしなければならず、そのために「2015年合意」が決定的に重要なのです。

*4 本稿で記述しているGt(ギガトン)の数値は、すべて二酸化炭素換算(CO2e)の数値。

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提出されているINDC

 現在の排出削減目標は、①カンクン合意の下で自主的に提出されている削減・抑制目標と、②京都議定書の下で掲げられている削減目標の2本立てになっています。②については、京都議定書に参加している締約国とアメリカやカナダのように京都議定書に参加していない締約国の大きく二つに分かれており、京都議定書に参加している締約国も、第2約束期間(2013~20年)の削減目標を持っている締約国(先進国)と削減目標の無い途上国、第2約束期間の削減目標を拒否した日本、ロシア、ニュージーランドなどに分かれています(表4)。
表4 京都議定書の現状
京都議定書締約国非締約国
第2約束期間
(2013~20年)
参加国非参加国
削減目標ありなしなし
締約国EU27、クロアチア、アイスランド、オーストラリア、ノルウェー、スイス、モナコ、リヒテンシュタイン、ベラルーシ、カザフスタン、ウクライナ途上国日本、ロシア、
ニュージーランド
アメリカ、
カナダ
出所:CASA作成
 COP17で、2020年以降の新たな法的枠組みには、京都議定書に参加していないアメリカ、すでに議定書離脱の可能性を報じられていたカナダも含め、すべての締約国が参加することが合意されました。COP19では、すべての締約国は各国が定める2020年以降のINDCを提出するよう要請されています。また、COP20で、INDCは「現状の取り組みをこえるもので、継続して前進するもの」とすることが合意されました。いわゆる「後退禁止(no backsliding)」と言われるもので、新しい枠組みの下で各国の目標や行動が実効性をもつことを担保しようとするものです。たとえば、日本の2020年目標のように、鳩山内閣が2009年9月に、1990年比で25%削減の2020年目標を国際的に公約したにもかかわらず、2013年11月には1990年比で3.1%増加する2020年目標に変更したような「後退」は許さないということです。
 世界の主要な研究者のグループである「Climate Action Tracker(CAT)」によれば、9月1日現在、EU加盟国を含め56ヵ国分、29のINDCが提出済みで、これらは2010年時点の世界全体の排出量の約65%をカバーし、総人口の43%をカバーするものになっています。CATは2010年時点の世界の排出量の64.5%、総人口の41%をカバーする16のINDCを分析した結果、現在提示されているINDCは2℃目標と大きく乖離しており、2025年までに12~15Gt、2030年までに17~21Gtの排出削減量の上積みが必要と推計しています。とくに、ロシア、カナダ、ニュージーランド、日本などのINDCは「不十分」と評価されています。 なお、「2015年合意」において、目標案がどのような位置づけになるのか(どの文書に位置づけられるのか、また法的拘束力を持つのかなど)は、現時点では決まっていません。

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EUのINDC

 EUは、気候変動枠組条約の交渉段階から、先進国こそが率先してGHGを減らすべきだという「先進国責任論」に立ち、世界をリードする温暖化対策を計画、実施してきました。
 COP3前年の1996年には「地球の平均気温の上昇を工業化以前から2℃未満とする」ことを政策目標として確認しています。1997年のCOP3に向けては、EUは15ヵ国で2010年までに1990年比で15%の削減目標を掲げて、交渉をリードしました。京都議定書の第1約束期間では、EUの削減目標は8%となりましたが、EU27ヵ国におけるGHGは1990年比で18%削減し、議定書の8%削減義務を負っているEU15ヵ国も目標を達成できています。
 また、2003年にはEU域内でのキャップ&トレードの排出量取引制度の導入を決め、2005年から世界で最初にこの制度を実施しました。再生可能エネルギーの導入についても、2008年には2020年までに1次エネルギーの20%を再生可能エネルギーで供給することを目標とする指令を出しています。
 このように、EUは、常に温暖化問題における国際交渉のリーダーシップをとってきました。この背景には、環境に寄せる民意が大きいこと、また軍事力を持っていないため、環境の分野で世界のリーダーシップをとりたいというEUの政治的思惑があるともいわれています。
 2015年3月6日、2030年までにGHG排出量を域内で、少なくとも1990年比で40%削減するとするINDCを条約事務局に提出しました。この目標には海外クレジットを含まないとされ、「拘束力ある目標」とされています。

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アメリカのINDC

 アメリカは、GHG排出量は世界第2位、過去からの累積排出量では世界第1位です。
 2001~09年まで続いた共和党のブッシュ政権は、京都議定書交渉から離脱するなど、地球温暖化問題には極めて消極的でした。2009年に就任した民主党のオバマ大統領は、発電事業者に再生可能エネルギーの利用を義務づけ、建築物や自動車の省エネ基準、排出権取引制度などを含む野心的な地球温暖化対策法案を議会に提出し、2009年6月にはクリーンエネルギー・安全保障法案が下院を通過しました。
 しかし、2010年11月の中間選挙で民主党が議席を減らしたこともあり、オバマ政権は包括的な地球温暖化対策法を諦め、既存の大気浄化法*5での規制に方向転換し、2014年6月には2030年までに火力発電所からの二酸化炭素(CO2)排出量を30%削減すると発表しました。その具体的な内容は、国内の石炭火力発電所への規制です。また、海外への石炭火力発電所の輸出も規制しており、これらの規制により新しい石炭火力発電所の建設や輸出も極めて困難になったと言われます。
 2015年3月31日、オバマ政権は、2025年までに2005年比で26~28%削減するというINDCを条約事務局に提出しました。この目標には海外クレジットを含まないとされ、28%削減を達成できるように最大限努力するとされています。この目標は1990年比では14~17%の削減になります。


*5 1963年に制定された大気汚染防止のための法律。2007年4月に米国最高裁がGHGも大気浄化法の対象との判決を下し、GHGをこの法律で規制することが可能になりました。

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中国のINDC

 中国は、2007年にアメリカを抜いて世界最大のGHG排出国になり、過去からの累積排出量でも世界第2位の排出国です。国際的な交渉力も大きく、条約・議定書交渉では極めて重要な国です。
 これまでの中国の条約・議定書交渉でのスタンスは、先進国の歴史的責任を主張し、先進国にGHGの削減を求めるとともに、途上国への資金・技術援助を求めるものでした。また、先進国が地球温暖化対策の名目で、他国(中国など)の主権の侵害や内政への干渉や圧力を加えることへの警戒心が強く、国家主権・内政への不干渉を強く主張しています。そのため、中国は地球温暖化対策に消極的な国だと認識されることが多かったように思います。その典型的な出来事は、COP15で、コペンハーゲン合意の内容を弱めたのは中国だったと報道されたことです。
 しかし、世界最大の排出国となったこともあり、途上国の中からも中国に対策の強化を求める意見も出始め、中国も変わってきています。2007年には地球温暖化対策の具体的な目標、基本原則、重点分野や政策措置が含まれる「気候変動国家方式」が採択され、2008年には改正省エネルギー法が施行されています。2009年8月には、地球温暖化問題への対処を持続可能な発展の長期的な任務とし、低炭素経済の発展が明記された全人代決議が採択されています。実際、風力発電の設備容量は世界一で、太陽光発電も急速に増やしています。
 中国政府は、2015年6月30日、INDCを条約事務局に提出しました。その内容は、CO2排出量を2030年までにピークアウト*6し、そのために国内総生産(GDP)当たりの排出量を2005年比で60~65%削減するとしています。GDP当たりの原単位目標で、総量削減目標ではありませんが、中国が2030年までに排出量を増加から削減に転じることを明言したことはCOP21に向けた明るい話題です。

*6 排出量のピーク(最大の排出量)から減少に転じさせること。

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日本のINDC

 日本政府も、7月17日、「2030年度に2013年度比26.0%削減(2005年度比25.4%削減)」とするINDCを提出しました。この目標は、「国際的にも遜色のない野心的な水準」だとされています。表5は、その根拠として日本政府が示したもので、政府の説明によれば、2013年比では、日本の削減目標はアメリカやEUなどより、数字が大きいというのです。しかし、1990年比で比較すると、日本の目標は18%削減に過ぎず、EUの40%削減に比べると、大きく見劣りしています。アメリカと比較しても、アメリカの目標年は2025年で、日本は2030年ですから、見劣りしていることは明らかで、先進国のなかでも最低レベルです。
表5 日本、アメリカ、EUのINDC89表5

出所:平成27 年4 月30 日付、審議会の「約束草案関連資料」より


 日本のINDCの削減数値が2013年比で大きく見えるのは、日本が1990年以降、GHGの削減に失敗してきたのに対し、EUは削減に成功し、アメリカも削減に向かっていることにあります。
この日本のINDCが先進国のなかでも最低レベルにあるのは、日本のINDCの根拠となっている「長期エネルギー需給見通し」が、再生可能エネルギーの導入に消極的で、温暖化対策に逆行する石炭火力を2030年に現在よりその割合を増やす*7としているからです。
 日本は世界5番目、過去からの累積排出量でも6番目の排出国であるにもかかわらず、2020年以降の削減目標でも大きく立ち後れ、温暖化対策にもっとも消極的な国と評価されてもしかたがない状況です。


 *7 石炭火力の割合を、福島原発事故前の10年間の平均である24%から、2030年に26%に増加させる計画。

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COP21の見通し

 昨年のCOP20以後、今年になって3回のADPが開催され交渉が進められていますが、まだ交渉テキスト*8は85頁もあります。
 ADPの共同議長が提案している「パリ合意」と「COP決定」の構成案は表1及び表2のとおりですが、合意しなければならないことは、ここに記載されているものだけではなく、①採択されるパリ合意の法的拘束性、②削減目標の法的拘束性、③締約国のINDCの差異化の方法と態様、④目標の水準の設定とその報告・検証制度、⑤目標年、目標期間、共通の削減量の計算方法など、多岐にわたります。
 また、今回のCOP21で2℃未満目標を実現する削減目標に合意することは困難と思われ、今後2℃未満目標に向けて目標水準を上げていく仕組み、プロセスに合意する必要があります。さらに、削減のためには、政府だけでなく地方自治体、事業者、市民などの様々なステークホルダー(利害関係者)の取り組み、行動が必要で、こうした様々なステークホルダーに対する向かうべき方向性とビジョンの明確化も必要です。
 今回のCOP21で2020年以降の新たな枠組みについてすべての合意をすることが難しいのであれば、COP21で積み残した課題についての2015年以降の交渉事項、交渉計画にも合意する必要があります。

*8 Streamlined and consolidated text、Version of 11 June 2015 @ 16:30、http://unfccc.int/files/bodies/awg/application/pdf/adp2-9_i3_11jun2015t1630_np.pdf

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高まる合意への機運

 「2015年合意」に向けて、世界の機運は高まってきています。
 今年6月にドイツで開催されたG7エルマウ・サミット首脳宣言では、COP21で合意を採択するとの強い決意を確認し、AR5が2℃未満に必要とする2050年までに2010年比で40~70%削減のなかの上方の70%削減目標を全締約国と共有することを支持するとしています。
 アメリカのオバマ大統領は、今年8月31日にアラスカのアンカレッジで行った演説で、「まだ可能な時に、一つしかない地球を守る合意をまとめなればならない。」と、COP21での合意に向けた強い意志を示しました。
 今年9月14日には、オーストラリアの与党・自由党の党首選挙で、地球温暖化問題に消極的だったアボット党首から、地球温暖化問題に積極的と言われるマルコム・ターンブル氏に党首が変わり、マルコム・ターンブル氏がオーストラリア首相に就任しました。
 9月23日には、ローマ・カトリック教会のフランシスコ法王がホワイトハウスを訪れ、歓迎式典で、オバマ大統領の地球温暖化問題への取り組みに言及し、「率先した取り組みを心強く思う。(地球温暖化問題は)将来の世代に残してはならない問題だ」と語ったと報道されています。
 こうしたなかで、日本の低い目標がCOP21での交渉を妨害しかねません。COP21までに日本政府がより野心的な削減目標を掲げるよう働きかけること、またCOP21で日本政府が合意を妨げないようにすることが、私たち日本の市民の、日本と世界の将来世代に対する責務になっています。

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パリで決めよう! COP21に向けた連続シンポジウム

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 第1回 シンポジウム「STOP温暖化、国際交渉の基礎を学ぶ」 10月3日(土) 済み
報告資料 「COP21の重要性(COP21の論点)」小西 雅子さん

 第2回 シンポジウム「STOP温暖化、パリで決めよう」 11月7日(土) 済み

 第3回「COP21報告会~COP21の成果と課題~」2016年1月23日(土) 済み



主催 / 温暖化防止ネットワーク関西、大阪府地球温暖化防止活動推進センター
     地球環境市民会議(CASA)
共催 / 気候ネットワーク、大阪府民環境会議(OPEN)
サークルおてんとさん、わかやま環境ネットワーク
奈良ストップ温暖化の会、奈良県地球温暖化防止活動推進センター、CAN-Japan

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~増え続ける石炭火力発電所建設計画とその問題点~

日時:7/29(水) 18:30~20:50
場所:エル・おおさか研修室2
参加費:無料

・原発より石炭火力発電所の方がマシ?それって本当?
・神戸製鋼所が住宅地近くに新たに130万kWの
石炭火力発電所を建設するのはなぜ?健康に心配はない?

 東京電力福島第一原子力発電所事故により、原子力に依存したエネルギー政策・温暖化対策のあり方が問われています。こうしたなかで、最新の設備でもCO2を膨大に排出する石炭火力発電所の建設計画があいついで報じられています。
 関西でも兵庫県を中心に複数の建設計画が進められ、国内全体でも、すでに46基(計2331.0万kW超)の石炭火力発電所の計画が明らかになっており、今後の温暖化対策に大きく影響する可能性があります。特に、石炭火力発電所はCO2排出量だけでなく、健康に影響を及ぼす大気汚染物質の排出も不安視されています。持続可能な社会のためには、原子力にも石炭にも依存しない温暖化・エネルギー政策が必要不可欠です。

 本セミナーでは、エネルギー・地球温暖化問題の動向と、石炭火力発電所の問題点について学び、持続可能な社会に向けてできることについて一緒に考えていきたいと思います。

チラシ

【プログラム】
・「気候変動とエネルギー:石炭火力のこれからを考える」
  平田 仁子(気候ネットワーク・理事)
・「火力発電所の技術と環境負荷」
  歌川 学(国立研究開発法人 産業技術総合研究所)
・「まちづくりから考える地域のエネルギー ~小水力の事例から~」
  田代 優秋(あおぞら財団・研究員)
・質疑応答

主催:NPO法人気候ネットワーク
共催:(公財)あおぞら財団
    NPO法人地球環境市民会議(CASA)
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